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黒田日銀の総括的検証とイールドカーブ調節

過去の日銀の政策効果について、総括的な検証結果が公表されました。

特に海外勢を中心に、悲観的?というか否定的見解が多いのかもしれません。発表直後に円安になったものの、その後には大幅に戻して100円台となってしまっています。

こんな反応記事もあったようです。

http://jp.wsj.com/articles/SB10367111121010623688804582328433362423026


By PETER LANDERS
2016 年 9 月 22 日 07:43 JST

 相反する二つのことを同時に発表するのは、一つの組織の中で意見が対立している兆候だ。

 日本銀行は21日、不人気な量的緩和から身を引くような政策を打ち出しながら、その後退などないという趣旨の言説を組み合わせた。

 日銀の新たな政策の柱は、10年物国債利回りをゼロに誘導するために必要なだけ債券を買い入れることだ。その半面、長期国債の買い入れ額を年間80兆円に据え置きつつ、金融緩和を「強化する」と述べた。

 これら二つの目標は矛盾する。例えばバナナ売りが栽培農家に対し、1キロ当たり50円の市場価格を維持するのに必要なだけバナナを調達すると言いながら、年間80トンの買い付けを宣言することを考えてみてほしい。需要で値上がりし、約束の80トンに達する前にバナナの価格が100円になってしまったら一体どうするのだろうか。 

 日銀が本気で新旧の政策を並行して進めるつもりなら、似たようなジレンマに陥るだろう。10年物国債は日本の千数百兆円に上る債券市場のベンチマークだ。需要が急激に縮小すれば、利回りをゼロに維持するために年間80兆円より多く買い入れる必要に迫られる。逆に、リスク回避志向の強い日本で10年物国債の需要が高まり、日銀が全く手を出さなくても良い状態になる可能性もある。

 黒田東彦総裁はこの矛盾を説明する上で、実質的に年間80兆円の国債買い入れ目標を否定した。実際の買い入れ額の「増減はあり得る」と記者会見で述べ、弁明の余地を作り出した。バナナ売りの例で言えば、本当に実現したいのは1キロ当たり50円の価格であり、後はそれほど重要ではないと位置付けた格好だ。


(以下略)

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どうも、日銀の政策意図があまり伝わっていないのではないか、と思いますので、当方の理解について述べてみたいと思います。


参考:http://www.boj.or.jp/announcements/release_2016/k160921c.pdf

(※参考資料や総括の資料は他にも公表されています。一通り全部ご自身でお読み下さいませ)


上の記事では、バナナの買付量(トン数)と買付単価の例示が書かれていますが、イメージ的にあまり合っていませんね。
昔の日本で行われた物価統制令チックな発想のようですが、政策意図がズレているように思えます。


当方の例で書いてみることにします。

牛を捕獲して、売買する、としましょう。

月齢10
月齢20

月齢100


のように、牛にはクラス別けがあります。それぞれには、大体の相場の値段がありますが、いくらとは必ずしも決まっていません。

今、超大手の、仕入元締業者が「牛を連れてきたら、値段によらず80万ドル分まで買うよ」と宣言しました。
月齢10の牛は小型で重さは少な目ですが、キロ当たり単価は子牛なので高めです。月齢100の牛は多くいますが、若干キロ単価は下がります。


さて、牛を捕獲する業者たちは野にいる牛を捕まえます。仕入元締業者に売らなくても、他の仕入れ業者間での売買も盛んに行われているし、日々卸売市場で値が付けられています。以前には、80万ドル分も牛を仕入れてくれる大手業者がいなかったので、今では、牛が全般的に高値になってしまっています。


この仕入元締業者が登場してからというもの、ここ3年ほどはジャンジャン牛を買ってくれるので、しかもそれがどんな値段になろうとも買ってくれていたわけです。当初、月齢の低い牛は軒並み捕獲され、ほぼ全部に近い量が仕入元締業者によって買い占められてしまいました。なので、野に残ってる月齢10の牛は稀少であり、高値が付いています。

また、以前だとあまり単価の高くなかった月齢100の牛でさえ、人気になってしまい、業者間の転売などを経て最終買取が仕入元締業者の所に行く時点では、かつての2倍くらいの値段になっているにも関わらず、これも買入れられてきたわけです。まさに、「野の牛」バブル状態、です。


これを継続してゆくと、野に残っている牛の頭数は無限ではないので、かなり減っています。「80万ドル分」という牛が果たして何年か後に残っているでしょうか?今のペースで買い続けると、恐らく「野の牛」は全てが仕入元締業者が買うことになってしまうでしょう。

おまけに、今の牛の取引単価は、どの捕獲業者が高値で掴んで、転売を繰り返していても、最終的に「仕入元締業者が買ってくれる」という安心感と杜撰な捕獲体制となっており、卸売市場の価格形成に悪影響を及ぼすようになってしまいました。牛を買うのは、牛肉の料理等に使うという需要が本来のものであるのに、牛肉需要には無関係に「仕入元締業者に牛を売りつける」という目的の為に、牛を捕獲してきたり、他業者から仕入れたりする者が横行するようになっているのです。

仮面ライダースナックが食べられる需要ではなく、カードだけ欲しいという需要が旺盛になると、需給市場に歪みを生じたようなものです)


そこで、仕入元締業者は買入のルールを若干変更することとしました。

・月齢に応じて、取引単価の推移を見つつ、あまりにキロ単価が高値の牛については、買わない日もある、ということにします
・買入資金の計画は「80万ドル」の予算は毎年確保しておくので、キロ単価が適正である限りは、80万ドル分までは買うつもりです
・料理で牛肉の実需が旺盛な近隣のレストラン等で、牛肉が高くて入手困難な時は、在庫の牛肉を売ってあげますよ

 (目安として「月齢100」の牛のキロ単価は、●円/kgと考えています)


おおよそ、こんな感じかな、と。


さて、これまでだと、牛の捕獲業者は兎に角牛をとっ捕まえてこい、ということで、いくらコストがかかっても全額払ってくれるという仕入元締業者がいたので、楽だったわけですね。ところが、今後には、あまりの高値だと買い取ってくれないばかりか、業者間の転売等で取引していても、これまた実需の料理人たちが買えないほどに高値になるようなら、もっと安い値段で在庫牛肉が市場に放出されるとなれば、転売価格にも自ずと「市場の価格調節機能」が働くようになるでしょう、ということです。

これまでみたいな、価格上昇というのは、そう見込めなくなるのではないか、ということですね。
そうすると、非効率な捕獲業者や、無駄な転売などが抑制されてゆくのではないか、牛の捕獲に精を出す連中も、旨味が減れば次第に手を引く者も出てくるのではないか(=他の投資なり稼ぎの手法を考え出す)、ということです。


仕入元締業者」が日銀、「月齢100の牛」が指標10年国債、キロ単価は国債価格(つまり利回りを規定)、「80万ドル」は「買入額80兆円」ということです。「月齢10」は1年物国債とか、…です。


この「在庫の牛」をいつ、どのタイミングで放出が来るかは、他業者には必ずしも分からないので価格抑制的に作用し、牛肉の実需に呼応した策としか言いようがないでしょう。仮に「野の牛」が全部枯渇してしまった場合には、在庫の放出以外には牛肉の実需に応えられないので、いかに買入予算が80万ドル分といっても、現実に購入することができなくなってしまいますから、そこは調節しますよ、ということに他ならないわけです。


むしろ、キロ単価が下がる(=国債指標金利が上昇する)方が、経済の実体としては健全な方向へと向かうわけであり、それは例えば名目成長率が金利相応の増加となっているであろう、すなわち、物価水準も伴ってプラス推移してるはず、ということにもなるわけです。


日銀の総括からすると、日本の国債利回りは、日米の金利差にかなり影響されるということであり、米国債金利が低すぎる為に、こうした世界的金利低下を招いているという推測さえ出てくるかもしれません。



で、イールドカーブの調節は、本当にできるもんなの?という懐疑の向きがあるのは承知しています。
まあ、これまでのように単純には行かないかもしれません。

けど、金融調節は、人体における循環動態の調節と似ており、牛肉の例のようなキロ単価を日々チェックしていれば、値動き動向は把握できますし、在庫放出の必要度の違いというものについても、それなりに何らかの手応えを得られるようになるはずです。


人間の循環動態の場合にしても、標準的な生理学的指標とか、患者の個人差とかベースの疾患の状態とか、それらを勘案して術中循環コントロールが行われるのですから。

侵害刺激に対する一過性の血圧上昇とか、出血量増大による血圧低下とか、牽引による反射性の血圧低下とか、刻々と発生する現象に対して、例えば

・輸液の量
・持続投与の昇圧剤の/kg量
・ワンショットの別の昇圧剤
・作用機序の異なる血管収縮薬の投与量
・ワンショットの降圧剤の投与量

みたいなのを、逐一調節操作を行ってゆくわけですから。それとも、むしろ人為的低血圧環境にする、ということも行われるわけですし。


まさしく、『 target controlled 10Y-bond yield 』といった趣きでしょうか。(英語が苦手で変かもしれません。スマン)


この調節レンジについては、その時点での日本の経済環境によるかと思います。ある時点では0を中心レートに置いて考えた方がいいかもしれないし、もっと物価や名目GDPが強含んでくるようなら、徐々に引き上げた方がよい局面もあるかもしれない。


こうした金利調節は、旧来型であれば政策金利の上げ下げで行われてきましたよね?
それとほぼ似た考え方のはずです。

なのに、海外勢を中心に「そんなことできるわけない!」みたいな、決め付けはどうなんだろうな、と思うわけですよ。国債オペの変形と見れば、結局は「手持ちの国債を売る」か「市場に流通する国債を買う」という調節と大きな違いはないはずなのですけれどもね。


これを、金融締め付けに転じた、と言われても、実態としては違いますよね。
買入パターンを、少し工夫してみるよ、実需勢にも配慮できるような方法を採りますね、ということなのですから。


ただ、政策効果と、調節能力の良し悪しは、暫く様子を見ないと分かりません。
中には、本当に「ヘタクソ」という人々が存在しないわけではございませんので。けど、過去の蓄積があるはずなので、どうにかできるんじゃないかと思いますが、どうでしょうか。