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【いい国作ろう!「怒りのブログ」】のバックアップです

法務・検察・最高裁にも「日本の病」

あれから、国会事故調の報告書を読んでいる。

本文の方は、約200pほど、読み進んだ。


151ページからの、数十ページは、涙なくしては読めなかった。

福島原発の、あの恐るべき状況の中で、現場の人々が苦闘する姿が脳裏に浮かび上がるたびに、その勇気と覚悟を思い、嗚咽が漏れた。

彼らがいなかったら、日本は本当にどうなっていたか分からない。


死の恐怖と戦いながら、決死の作業を遂行したのは、名もなき英雄たちだ。
東電の高給取りのエリート社員ではない、下請の協力企業と呼ばれる最前線の戦士たちだ。
1号機が爆発した後も、作業を続けねばならなかったことを思うと、胸が締め付けられた。


それに比べて、東電役員たちの、あの傲慢さといったらないわな。
その無責任さ、いい加減さ、無能ぶり、全ての点において、許し難いのだ。東電社員の給料を削るのと、これら協力企業の人たちとは別々に考えるべきだ。彼らの功に報いることはあっても、経費削減などといって嫌がらせみたいに削減すべきではない。



この原発行政に似ているのが、日本の司法界だ。
原子力ムラとよく似た構造を有しているのである。

検察腐敗は、その一部だ。不利なことや証拠や出来事は、なかったことにする、思うようにならなければ、捏造する、といった構造が似ている。


本来は罰を与える(実際に罰は与えないが検察側の誤りを正す)立場であるはずの最高裁を頂点とする裁判所が、規制庁側と同じようなものであるはずで、それが取り込まれているのである。
だから、裁判所と検察が一体となって、悪事を隠蔽してきたのだ。


法務、検察の悪事に加えて、最高裁が手を染めているのである。
検察審査会とそれを差配する最高裁事務総局。


法務大臣さえ排除できる力を持っているのだ。
彼らが結託すれば、法を支配できるから、どうとでもできるのだ。
まさに、暗黒の独裁国家とほぼ同じ。


法は正義のためにあるのではない。

彼らのような悪事を働く人間に役立つためにある。
法を悪用し武器とするためにあるのだ。


原発事故について、国会事故調が「ムラの闇」に光を当てたように、司法界の闇に光を当てられる人間が必要なのだが、それは未だはるかに遠い。


検察や最高裁の闇は、はるかに深く、そして暗い。
まさにピッチブラック


恥知らずの最高裁と検察は、ひたすらシラを切るつもりらしい。
真の巨悪を温存し、復活させようとしているのだ。
極悪人のくせに、国民を騙す術だけは研鑽するのだそうだ。