怒りのブログ別館

【いい国作ろう!「怒りのブログ」】のバックアップです

続・「勘違いオヤジ」批判で悦に入る人々

疲れるというのは、ばかばかしいから、だ。どうせ徒労に終わると予想できるからね。今回の反応のように、言うだけ無駄に終わるような連中だから、だよ(笑)。


当方の挙げた古い記事とか、たぶん見てないだろうし、理解もできないのであろう。
指摘されている問題について、認識が全くないわけでもないはずの当方に対してでさえ、無知と批判することしかできない程度の連中がいるみたいで、笑える。




http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/trapds/20130531/1369989669


id:yuhka-uno

ああ、よくある「自称・論理的で解決脳の俺様」ね。こういう人って、「問題の存在を知らしめる→解決策を考える」という解決プロセスの一番最初の部分をすっとばす。それは問題解決ではなく問題隠蔽というのだよ。


こんなつまらないものを取り上げるのもナンだが、「問題の存在を知らしめる」為というなら、若年層の収入なり貯蓄額なりの少なさを提示すれば済むだろう。
参考>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/ad892fde8067915a0262032dba6a6fd6


「勘違いオヤジ」とやらの存在が若年層の収入を減少させた、と主張するなら、その論拠を提示すればいい。別に、問題提起を否定しているわけではないよ。yuhka-unoとやらが主張する内容は、そうなっていない。オヤジ批判に終始しているのであり、問題の中身(若年層に金がない)とほとんど関係ない。

要するに、「自称・論理的で解決脳の俺様」と勝手にレッテルを貼り(当方は自称した覚えはない、笑)、問題を隠蔽なんぞしてもいないのに、問題隠蔽と決めつけているだけである。何の反論にもなっていない。後付けで「問題を知らしめる」と理由を述べたに過ぎない。



じゃあ、次の部分はどうか?

『今まで専業主婦っていうどうみてもジェンダー的にだめでしょってものを導入してなし崩し的にやってきた』

『昭和的奴隷制時代を維持しておきたい層というのは、女性を「家事育児奴隷」にしておくだけでなく、男性を「企業奴隷(社蓄)」にしておきたいとも思っている人たちだと、私は思っている。高度経済成長期というのは、男性を企業に繋ぎ止めて働かせられる状態を維持するために、女性を家に繋ぎ止めて男性と子供の世話を焼かせるというシステムで成り立っていたのだから。』


要するに、専業主婦というのは奴隷制みたいなもので、「家事育児」は奴隷のやるべきこと、みたいな認識である、ということでしょう?


因みに、男女を入れ替えてみたって、
『男性を「家事育児奴隷」にしておくだけでなく、女性を「企業奴隷(社畜)」にしておきたい』
となるだけで、どっちにしたって男女とも奴隷ということなんじゃないのか(笑)。そういう物言いが、そもそもの拒絶反応を生み出すように思うね。


当方からすると、最近の若年層の女性が「専業主婦」を選びたい、という希望者が増えてきたという点については、悪くないと考えているわけである。


ある女性からみて、
・大企業の幹部―部長とか取締役とか
・家庭で家事・育児に専念
のいずれを選びたいか、という時に家事育児を選ぶ人というのは、それだけの価値を見い出している人だろう、と思うわけだ。それくらい、女性が出産し子を育てることには「尊い価値がある」というのを肯定している、ということだからだ。勿論、仕事が好きで前者を選びたい、という人は好きにすればいいだけ。


ただ、家事育児に専念するのは奴隷化だ・昭和的奴隷制だ、といった決めつけが嫌なんだと言っているのだよ。


100m走で男女平等に競争したら、女性が予選を通過できないのは「男社会」のせいだからか?

それとも将棋の棋戦で女流棋士が男性棋士に中々勝てず、タイトルを取れないのは男性優位社会だからで、過去の名人位は全て男性だったから、みたいな理由なのか?女性が不当に差別されている、と?


無自覚に批判している人々は、男女が平等に競争した場合に「能力が劣る、届いていない」為である、ということを覆せるだけの理由提示を行っていない。個人には向き、不向きがあるのであり、性差はなくすことができない、ということを認めるべきであろう。狩猟に向く女性もいれば、向かない女性もいるんだから、向かない人は別な仕事に従事すればいいだけだ。専業主婦というのは、非就業者とか家事従事者とか呼び方を変えればいいのであり、男女の区別なく同じ呼称とすればいいだろう。


昔は、家族労働が当たり前だったはずだ。家庭に縛るも何も、貧乏で世帯収入が少なかったからこそ、夫婦で働き続けねばならなかった。子供も勿論労働力だった。経済成長のお陰で、労働市場に無理に参加しなくても生活できるようになったのだ。労働市場規模に比して、余剰となる人々が存在する限り、非就業者として存在するのは避けられない。男女を問わず、である。労働市場から退出している人たちは、無価値なのかね?


根本部分からして、「家事育児奴隷」システムが女性を不幸にしているんだ、女性を家に縛りつけているんだ、というような物言いがおかしいとしか思えないわけだ。


だったら、夫婦がいて、共働きを維持しようという時には、その家庭に「家事育児奴隷」を配置して、安い賃金で家事育児をやらせるという社会にしろ、とでも言うつもりかね?
その奴隷役は、誰が担うと?
移民か?おじいさん・おばあさんか?


結局のところ、
 ◎家事・育児=価値のないもの、奴隷の仕事
で、女性が会社で働けば「それは価値のあるもの」、みたいな捉え方がおかしいとしか思えないわけで。

曰く、それも「社畜」として企業に縛り付けるだけ、らしいけど。