怒りのブログ別館

【いい国作ろう!「怒りのブログ」】のバックアップです

オバマ大統領の広島訪問が未来をつくる

(シリーズで書いてきた憲法関連の記事だが、法改正後の部分を書こうと思っていたのに、色々とあって、ちょっとの間、小休止ということで。後日書きます。)



大方の論評は過ぎ去ったのではないかと思います。ずっと書こうと思っていたのだけれど、たまたま手が止まってしまっていた。



8年前、オバマ大統領の誕生には、世界中が期待を寄せていた。拙ブログでも、大いに歓迎の意を示していたものだ。

08年11月>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/375226aead9682896348c8cc0b818025


オバマ大統領は再選を果たしたし、これまでも大国アメリカを引っ張ってきたわけだが、登場した時の期待通りに、何か大きなことを成し遂げたわけではなかった。困難だったのは、やはり経済危機後の立て直しだった。それから、戦争を続けるという軍需部門をどうにか拡大させないように、歯止めをかけ続けねばならなかった。それでもなお、対テロ戦と称する軍事活動を世界中で継続している。

オバマ大統領の場合には、まず大統領となることが困難なことで、大統領で在り続けること自体に価値があったのかもしれない。だから、特別に偉業を成し遂げずともよいのかもしれない。そんなことは、思っていた。


目の覚めるような成果ではなかったかもしれないが、オバマケアをどうにか実現させたし、キューバとの関係改善も果たした。確かに、歴史的な出来事ではあった。そうではあるけれど、心の何処かでは、何か物足りなさを感じていた。本当は、もっと期待していたはずなのに、と。


任期も終わりに近づいた今年のサミット期間、オバマ大統領はまた一つ歴史に名を刻むこととなった。見出しで言えば、たった一言で済んでしまうことではあったが。
オバマ大統領 広島訪問」と。

しかし、日本人にとって、今回の訪日は、後から見れば「オバマ大統領 広島訪問」という本当に短い記述で説明されてしまうことであろうとも、心と記憶に深く刻まれる画期的な出来事だった。


オバマ大統領は、また一つ、歴史の扉を開けた合衆国大統領となったのである。


大統領の訪問実現までは、一歩一歩の階段を上るようにやってきた。

オバマ大統領の誕生によって、ルース大使を選任することとなった。ルース大使は外交官の素人などと当初は批判されていたが、温厚な人柄で日米関係を取り持ってくれた。
転機が訪れたのは、2010年8月の広島での式典だった。ルース大使が米国政府関係者として、初めての公式な出席者となった。

10年8月>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/6242bbabad0a306393aab6ba99890792


この後、ケネディ大使も広島を訪れることになった。そして今年のケリー国務長官の広島訪問を実現させるに至ったのである。

こうした歩みのお陰もあり、オバマ大統領の広島演説となった。


オバマ大統領のハグのシーンで、不覚にも涙してしまった。
万の言葉以上に、そっと背中をさする姿が心に響いた。

HIROSHIMAの思いに応えて、オバマ大統領があの場に立ち、人々に言葉をかけ、また、ヒバクシャの言葉に耳を傾けてくれたことこそ、大いなる一歩だった。


憎悪と恨みと報復からは、何も生まれない。

過去を振り返り、過去を忘れず、そして、よりよい未来の為に前進し困難に立ち向かうことこそ、最も大切なことなのだと痛感させられた。


オバマ大統領の演説を、何度か読み返してみた。
心からの言葉は、相手に思いが伝わるんだ。
広島の言葉が、オバマ大統領にも届いたからこそ、込められた思いが伝わったからこそ、大統領も思わず抱擁せずにはいられなかったのだと思う。


美談を求めるわけではない。
が、人の心を打つのは、真摯な思いが溢れ出ているからだ。


ありがとう。そして、
広島へようこそ!