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川内原発運転差止仮処分事件に見る裁判所の異状〜1

日本の司法界が東日本大震災以前からあまりにおかしい、というのは周知だったが、レベル7の福島原発事故を経験してでさえ、何ら反省もなく旧態依然の「結論ありき」体質であるというのは、真の愚鈍か頓狂か何かであろうか。

常識というものは裁判所には通用しないということなのかもしれない。それとも、体制護持こそが大事であって、司法の役割よりもそちらが優先されるということなのか。裁判官とは行政庁の「下請けハンコ押し係」とでも思っているのか。

兎に角、日本の裁判所というのは、支離滅裂であることがごく当たり前ということのようだ。異状である。権力に媚びる為なら、何でもアリということ。
川内原発の判決を見る前に、過去の訴訟から書くことにする。


1)柏崎刈羽原発の認可取消訴訟

09年の最高裁決定により、高裁判決が確定した。最高裁は何らの検討すらしなかった。言葉は悪いが、面倒だから高裁判決のままにしとけ、ということで、司法の役割など完全放棄に等しい行いだったわけだ。

で、高裁判決は、というのと、ロクでもないものだった。


・2005年11月22日 東京高裁判決:柏崎刈羽原発設置許可取消訴訟

全文が600頁を超えるほどの、超大作の判決文だったらしい。
要するに、嫌がらせと何を書いているのかボカして分からなくさせること、ネット上や文献等に公開されるのを封じる為の卑怯な作戦ということではないかな。読む人の気力を失わせ、情報拡散を妨害する為の、裁判官が編み出した汚い手口ってことだよ。

その大部から、一部を引用する。


『原子炉の安全性については多数の専門家をもって組織される安全審査会において、各審査委員の専門分野の専門技術的知見に基づくだけでなく、(中略)原子力委員会が意見を述べ、これを尊重して内閣総理大臣が最終的に判断する』のであるから、『科学的、専門技術的見地から、十分な審査が行われるように規定されている』


『原子炉施設の安全性に関係する審査が、多方面にわたる極めて高度な最新の科学的、専門技術的知見に基づいてされる必要がある上、科学技術は不断に進歩、発展しているため、原子炉施設の安全性に関する基準を具体的かつ詳細に法律で定めることは困難であるのみならず、最新の科学技術水準への即応性の観点からみて適当ではないとの見解に基づくものと考えられ、このような見解は十分首肯することができる』


『本件原子炉が具体的審査基準に適合し、その基本設計において、本件原子炉施設の地質・地盤及び同施設周辺において発生するおそれのある地震が、同施設における大事故の誘因とならず、安全性を確保でき、(中略)安全審査における調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとは認められない』



安全審査会というのは恐らく昔の組織で、原子力安全委員会とか原子力安全・保安院ができる以前に存在した専門家集団による審議会か委員会に類似の組織だったのではないか。実質的には、現在の原子力規制委員会に匹敵するもの、ということだろう。

アでは、手続的な担保ということで、
・安全審査会が基準策定
原子力委員会が答申
内閣総理大臣が判断
という3段階を踏んでいる、と。だから、正しいんだ、と。


科学的、専門技術的見地から基準が策定されているのであるから、この基準に照らして適合しているかどうか、ということだけを裁判所は判断すればいい、と。このことは、安全審査会なりの専門家が出した基準というのが「正確であり妥当であり合理的」といったような前提に立っている、ということだ。本当にそうなのか?


イから、原子炉施設の安全性は「多方面にわたる、極めて高度な最新の科学的、専門技術的知見に基づいて審査される必要がある」と。加えて、最新の科学技術水準への即応性が求められる(=だから全てを詳細具体的に条文中に記述できないのは当然だ、と)、ということである。


判決は2005年だったが、その後に中越地震が発生し原発施設は被害を受けたわけだ。
さて、本当に専門家の出した基準なり知見は正しいものだったか?
もしも正しかったのなら、何故地震後直ちに再稼働させなかった?
安全性は確保され、破壊からも免れているであろう水準だったはずなんだから、何ら支障もなく再稼働できたはずだ。どうして、そうしなかった?

専門家たちも、原子力委員会も、内閣総理大臣も、東京高裁判事も、最高裁判事も、全員一致で「安全性は確保されている」というお墨付きを与えたわけだから、どこか壊れることなんてあり得ないだろう?(笑)
国側主張でも、地震なんかあっても壊れない、大丈夫だ、だから設置認可しているんだ、技術基準は達成され安全性は保たれているんだ、ということだったんでしょう?ならば、壊れるはずない、んじゃないですか?


現実には、動かせなくなったわけだ。
どうして?安全ではなくなったから、ですかね?


東京高裁が言った、活断層だって地震ではない、地すべりの跡だ、だからウに述べたように、『原子炉施設の地質・地盤及び同施設周辺において発生するおそれのある地震』が大事故の誘因とならず安全性を確保できると太鼓判を押したわけだろう?
にも関わらず、中越地震の後には、動かせない原子炉があったのはおかしいだろう?どうして、東京高裁の認定した安全性の屁理屈というものが「現実には役に立たなかった」ということを、最高裁は放置したか?
高裁のゴマカシの屁理屈が、本当に屁理屈に過ぎなかったのだということを、実際の地震被害で実証したからに他ならない。裁判官の無能を、見事に証明してしまったんだよ。


東京高裁 「地震?そんなの大丈夫だ地すべり程度に過ぎないんだ」
国&東電「最大の地震動に対応できる基準だ」
→現実には、想定を大幅に上回る2000ガル以上の地震動が観測された


この事実だけでも、専門家の出した最新知見、国、東電、裁判所、みんな完璧に敗北していたんだろうよ。彼らの科学的知見とやらは、全く科学的ではなかった、ってことさ。


更には、施設基準があることと、現実の運用面でうまくできることは、別問題だ。福島第一と第二の違い、にも似ている。
中越地震の際、柏崎刈羽原発で正確に対処できなかったのは、この運用面でも問題があったから、だ。それが火災だった。

で、火災対策を講じたわけだ。そして、火災対策は万全だ、もう運転しても大丈夫だ、と東電が言った。自信満々に。まあ、そりゃそうだわな、火災事故後に対策ができてなけりゃ、話にならんから。
09年2月に消防法に基づく使用停止命令(柏崎市)は解除され、7号機は再稼働となった。すると、3月には、再び火災事故発生。東電は消し止められず、市の消防組織が出動して消火した、ということになった。再稼働して1カ月も経たないうちに、火災事故を起こした揚句、あれほど「対策は万全です、もう大丈夫です」って宣言したのに、やっぱり駄目だったわけだ。


想定外の大地震で原子炉火災発生、これにより長期停止を余儀なくされたのに、万全の火災対策だと言った直後にまた火災事故で杜撰さを実証した。この一連の事故から学べることは、こいつらは信用できない、ってことだけだ。

専門家、国、東電、裁判所、みな嘘を言ったに等しい。
事故後であってでさえ、満足に対処すらできてない。やっぱり火災で人的被害さえあった。


専門家の出した最新の科学的、専門技術的知見が正しく、この基準への即応性を要求されても大丈夫だ、って東京高裁判事が言った結果が、これなんだよ。
全滅だろ。
あらゆる面において、高裁判事の言い分(判決内容)は粉砕されたんだよ。
にも関わらず、この直後に最高裁判事は火災事故の翌月の4月に「東京高裁判決は正しかった」と決定を出したんだぞ!
この愚かさが分かるか?
微塵も反省がないってことだ。


東京高裁判決で大丈夫ってお墨付き
→専門家の基準を超える巨大地震
→火災事故、漏洩事故、原子炉長期停止
→事故対策やった、火災対策も万全だ
→再稼働直後にまた火災事故
→人的被害、消火もできず
最高裁が翌月東京高裁を支持


裁判官の正しさの根拠など、どこにも見出せない。