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TPPに関する訴訟について

TPPを反対してくれている方々が、何とか交渉進展を止めたいということで、訴訟提起を模索されているものと思います。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2014092502000152.html


その心情には当方も同じ気持ちであり、感謝の念で一杯であると申し上げたいですが、訴訟という点については若干の個人的意見がございます。

実行前によくご検討いただければと存じます。


1)TPP交渉の差止請求は避けるべき

行政訴訟となれば、かなり困難が予想されます。これも以前に「防衛省告示第123号」の違法性についての訴訟の際に述べましたが、抗告訴訟での取消請求が否認される可能性は大であると思います。


TPP交渉という外交交渉を停止させる、ということを考えますと、これは極めて困難な立論が要求されるものと思われます。

もしも敗訴した場合を考えてみて下さい。
敗訴は、TPP推進派を一方的に利する結果を招きます。特に、交渉の違法性を証明しようとして失敗した場合、国会での審議前であれば、批准前に「合法である、合憲である」ということが確定してしまうことになってしまいます。

そうすると、批准するかどうかを議論する時に、推進派にとっては「最高裁(裁判所)のお墨付きがある、合憲だ」というプロパガンダとされることは目に見えています。かえって、推進派に錦の御旗を与えることを招きかねない、ということです。敗訴の際のダメージがあまりに大きいと考えます。


交渉を停止させる、ということは、相当困難な法廷技術なり立証技術なりを要すると思います。これが行政訴訟ではなく、損害賠償請求訴訟の形をとる場合であっても、交渉を停止させるだけの主張は、難しいと思われます。


2)裁判官はどのように判示してくるか

当方が裁判官の立場であるとして、どう答えるかということを以下に書いてみたいと思います(あくまで素人判断です)。


政府の交渉停止を要求するのは、非常に厳しい。外交交渉の過程であり、不確実な点があまりに多いので。
例えば原告側が「ISD条項は司法権や国家主権の侵害だ」と主張したとします。これが裁判所に認定されるかと言えば、ほぼ無理であろうと思われます。

まず、条約に本当にISD条項が入っているかどうかは、どのように判るでしょうか?原告側が、その存在を証明する必要があります。これは至難の業としか思えません。妥結してないなら、本当に条項が入っているかどうかは証明できないでしょう。

仮に報道内容や海外のNGO文書などから「入っているであろう」ことが推測できた(裁判所がそれを認めた)として、そうした条項が真に主権侵害などの違法なものであれば、国会審議において批准が否決されるべきものであると認識されるだろうから、その時点で判断することは可能である。

また、たとい条約にISD条項が入ってるのが事実であるとしても、管轄権や国家主権の問題となりうるのは条約の締約がない場合であって、国家間の同意(すなわち条約)の存在が明らかであれば、国際法上は合法であると考えられよう。主権侵害という主張の根拠そのものが失われており、訴える理由がない、ということである。


すなわち、事実上はISDSが極めて危険な条項であり、国家の公共政策の裁量権を限定したり委縮させたりして、これまでよりずっと制限が増えることになるとしても、「イヤなら受け入れなければいい」という屁理屈みたいな論理が通用してしまうのである。まさにTPP推進派の連中が言っていた屁理屈通り、「交渉に参加してみてイヤなら止めればいい」というのと同じ。
残念だが、この主張を法的に覆す手段は思いつかない。


条約内容の違法性を立証することは、極めて困難なのである。それに加えて、批准前の交渉内容を取り上げて「違法性の審査を求める」ことそのものが、不可能なのである。裁判所は違憲立法を単なる仮定に基づいて審査することはできない、ということ。現実に立法=条約なり国内法の制定がなされないと、難しいのではないか、と。


差止請求があり得るとすれば、憲法に反して例えば「A国と軍事同盟を結び、B国に戦争を仕掛ける条約(国際協定)を締結する」といったような場合では。A国と締結する協定が憲法違反で、これが締結されてしまった暁には、A国と一緒に戦争をする義務を負うこととなってしまうからだ。


行政訴訟ではなく、損害賠償請求訴訟であるとしても、立論は容易ではない。憲法13条や25条に反する、という主張を裁判所に認定させるのは、非常に難しい。

例えば、TPP条約発効後に、その効果によって健康保険制度が自己負担率50%とか70%に改定されてしまう(とは政府は言ってませんが、あくまで仮想です)ことが起こったとしましょう。これが憲法違反と言えるか?
国家予算をどの部分に投入するかは国会の問題であり、金銭負担を30%とすべきか50%とすべきかといった基準は、司法判断ではなく国民の選択の問題である。同じく、国立大学が全廃されて、全部私立大学に民営化されたとしても、やはり立法府の問題なのであり、国民の選択ということに過ぎないのである。「全部私立大学」という社会を選択したくないなら、立法府にそのように決定させることで解決せよ、ということだ。


従って、TPP交渉がどんなに危険で止めるべきものであるとしても、極端な例でいえば「全部私立大学となるかもしれないので賠償せよ」とか「健康保険制度が維持できなくなり、自己負担率が上昇するので、それを賠償せよ」といった請求は、訴訟としては成り立たないということである。

そもそも、未来の不確定な条件に基づいて、「具体的な損失額」というものが観念できない、ということである。TPP交渉がもたらす経済的損失を具体的に観念できない限り、損害賠償請求訴訟であろうとも、訴えの利益がないものとして扱われるだろう。


発効前に賠償請求するとして、具体性があるものの場合には可能であるかもしれない。例えば、知的財産権関連の国内法改正で著作権法が改正され、保護期間が20年延長(50年から米国式の70年へ、みたいなもの)されると、現時点で販売計画済みの50年以上経過した保護期間経過後作品の販売ができなくなり、結果として損害を蒙るから賠償せよ、みたいなものの場合である。
認められるか定かではないが、訴訟を提起する意味があるかどうか、という点だけで考えると、こうした損失額が具体的に算出できるものであれば、賠償請求は可能ではないのかな、と。しかし、具体的な損失が立論できないようなものであると、TPP交渉を停止させる程の損失回避義務が政府にあるのか、ということになる。


事後的な救済にしかならないが、国内の農家が全部廃業することになって、生存権を脅かす政策を実施した(=TPPの条約を批准した)せいだ、だから賠償せよ、ということならば、農家の人たちは請求可能であろう。損失が具体的に観念できるから、である。逆に言えば、国が条約締結を回避せねばならないような事態(例示では農家が全滅、みたいなもの)を立証できないと、交渉を停止させるのは難しいということである。立論するのは、かなりハードルが高い(というかほぼ無理筋に近いかも)。


なので、訴える場合でも、個別法に焦点を絞る(上記例であれば、著作権法)なら理屈を立てやすいが、問題は条約内容にそういう条項が入っているかどうかの証明であり、これは原告側が自力で行うのは不可能だろう。文書の存在なりを特定できないし、合意内容が判明することはないから、である。

最難関は、「批准前だから」というもので、国会審議で合憲性は十分担保される、と言われたら、手も足も出ない。

損害賠償請求の場合でも、未来の損失を具体的に観念できない。政府が損失回避義務を果たすとして、交渉停止を選択するほどの損失の存在を証明せねばならない。


このように色々と考えると、TPP交渉の停止を目指して訴訟提起するのは、勝ち目が極めて薄い、というか、ほぼ完敗なのは目に見えている。敗訴の結果、推進派を一方的に勢いづけることとなり、逆効果は普通ではなく、失地回復不可能な程のマイナス効果を覚悟する必要があろう。


もう少し、別な作戦を熟慮すべきではないかと思う。TPP交渉停止の訴訟提起は、極めて危険なものと考えるべきでは。